| はじめに
私は個人的に新婚旅行は沖縄に行きたかったのですが、結婚したのが1月だった為、さすがの沖縄も寒いらしいので沖縄はあきらめ、「とりあえずスキーにでも」ということで結婚式直後はスキーに行ったわけです。(この話は新婚旅行記に書けば良いのですが)
そこで、本来の新婚旅行ということで、1994年9月22日から29日までの7泊8日の「ほんまの新婚旅行」と銘打って行ったフィジー旅行を報告します。
フィジーってどこ?
大雑把にいうとオーストラリアの北東に位置します。もちろん南半球です。もうちょっと具体的にいうと、東経はニュージーランドとほぼ同じで、緯度は南回帰線 よりちょっと赤道寄りです。「南回帰線」だとあまりピンとこないという人のために、北半球で例えるならハワイのやや南ぐらいの緯度になります。
フィジーってどんなとこ?
| 人種 |
フィジー人とインド人が半分半分ぐらい。インド人が多いのは、当初インドから砂糖産業復興のため移住させられたらしい。現在は商売をしているインド人が結構います。
| ひとりごと |
インド人て頭が小さくて、目がパッチリしていて、とっても美人揃い。それに引替えフィジー人は、大柄(横もとっても大きい)で、ちじれ髪でちょっと私の好みとは違っている。 |
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| 言語 |
フィジー語と英語。向こうの大抵の人は英語が話せるので、英語が話せれば大丈夫です。(会話の中にはフィジー語が混じっていても、自分の知らない英語の単語だと思っていただけかもしれませんが)日本語は、日本語スタッフ以外は殆ど話せないと思っていたほうがいいでしょう。まれに、日本語を勉強した熱心な商売人がいる程度です。 |
| 気候 |
雨季と乾季がありますが、気温は1年中温暖です。 |
| 物価 |
日本よりちょっと安いかなといった程度です。ただ、現地の日常生活用の店は日本と比べるとあまり綺麗でないので、ついつい観光客目当ての小奇麗なほうに入ってしまうため、前者のほうはもう少し安いのかも知れません。 |
なぜフィジーにしたのか?
そもそも沖縄に行きたかったぐらいなので、南の島で水が綺麗なところにまず的を絞りました。次に、周りの人があまり行っていないところ。なんとなく、太平洋に浮かぶ小さな島がいいかな。ということで、西サモア、トンガ、フィジー、タヒチ、ニューカレドニアのあたりが候補にあがりました。西サモア、トンガは簡単に行けないので却下。タヒチは値段が高いので却下。ニューカレドニアはフランス領なので却下。(チップが必要なのがなんか気に入らない)そこでフィジーに決定したわけです。
1日目(9月22日 木曜日)
日暮里から出発時間ギリギリでスカイライナー(京成電鉄)に乗り成田へ。夜9時の出発まで夜景を楽しむ。飛行機はフィジー国営航空のジャンボ機。今日のフライトは、150席も空席があってノビノビ。英語が喋れないので「ビア、プリーズ」の言葉だけ練習して飛行機に乗り込む。5本は飲んだ。
2日目(9月23日 金曜日)
朝8時頃に、フィジーで1番大きい街ナンディに到着。(首都はスパ) 1番大きい街といっても、銀行、映画館 、スーパーが1軒づつと、土産物屋が2軒。その他日常生活用の小さい店が20軒ほどあるばかり。
店は少ないけど車はそこそこ走っている。そのせいか滞在中車で走ったところは全て舗装されていたし、全て2車線だった。車はなぜか殆ど日本車。街を走るバスに窓はあるが、窓ガラスが無いのには驚いた。これは日本車では無いと思う。この国には渋滞が無いからであろう信号機が1台もない。とはガイドから聞かされていたが習慣からか、横断歩道の手前で車が止まるのをずっと待っていた、私と妻。(一人だと信号が変わるのを、信号機を見つめながら待ちわびるが、二人だとついつい話しこんでしまい、周りの変化で信号が変わったのを知ることってあるでしょ) 午後になって、本島からちょっとだけ離れていて、島全体がホテルの敷地になっている今日からのお宿、リゾートって感じの「ザ・フィジアン」へ。ホテルについて早速ホテル散策に出かけるが、いきなり遠出をしたため早くも迷子になり、着いた所は従業員の詰所。
*** こっから先は、私の解釈によります(全て英語) ***
従業員:おいおい。どこへ行ってんの。
私 :メインロビー
(とりあえずメインロビーに帰ろうと思っていた)
従業員:それは方向が全然違うよ。お〜い。彼を連れてってあげて。
あの従業員について行きな。
私 :ありがと。
*** あの従業員について歩きながら ***
あの従業員:どっから来たの?
私 :日本だよ。
あの従業員:いつ来たの? (多分聞き間違えていた)
私 :今日。
あの従業員:今日!?
私 :(あれ、違ったかな)29日まで。
あの従業員:はあ?
*** 話がかみ合わないので、会話終了 ***
あの従業員にメインロビーまで送ってもらったが、明日のパラセーリングの予定が知りたかったので、パラセーリング場まで自力で行く。(ホテル内)そこでもやっぱり、なかなか言葉が通じず適当に理解し、その場を凌ぐが既に日は落ちていた。(向こうのお姉ちゃんも早く帰りたがっていた)
3日目(9月24日 土曜日)
ホテルのプライベートビーチで1日過ごす。
パラセーリング:昨日聞いた話によると、風の強さによってはできないかもしれないが、とりあえず来てみてと言っていたので、その場所まで行くが、やっぱり風が強くできなかった。
ジェットスキー:水上スキーにしようかとも思ったが、ジェットスキーのほうが簡単に楽しめるのでこちらにした。15分間で$33(約3000円) ここでは、燃料が必要な遊びは有料となる。以降の遊びは全て無料。
ウインドサーフィン:ボードやセールは自分で好みのものを選べるようになっていた。女房向けの初心者用にセッティングしてもらう。パラセーリングが中止になるぐらいなので風はそこそこ吹いていたし、オフショア(浜から海に向かって吹く風)だったので少し心配だったが、まあ初心者用だから大丈夫かなと思い女房を送り出したが、見る見る流されていく。(さようなら〜) 湾になっていたし、他に流されている人もいたので、少し懲らしめてやろうと思い「助けてー」と叫んでいたがしばらくほっといた。あんまり小さくなってきたので、係員に船を出してもらい(これも無料)係員と一緒に迎えに行く。ハンベソ状態の女房と選手交代して、ウインド で帰るが結構流されていたので、やっと元の所へ戻ったときにはクタクタだった。逆に女房は、すっかり体力回復し暇になっていたみたいで、すぐ再チャレンジ。そしてすぐボートピープル状態。今度は遂に向う岸まで流されていった。挙句の果てには現地の人に助けられ、送られて帰ってきた。(親切な現地の人に感謝感謝)
カヌー:湾内をうろうろ。疲れた。
****** 夕方になって *****
サンセットクルーズ:これはもちろん有料。乗り合わせた観光客を国別に見ると、多い順にオーストラリア、ニュージーランド、日本、韓国の順だった。これはフィジーへの観光客の量とも比例しているのだろうか?フィジーの歌や、「スキヤキ」(上を向いて歩こう)などを歌いながら、船は湾内をゆっくりと1週し湾外へ。ちょうど日没にあわせて速度を調整していたんだろう、夕日が外洋に沈む直前だった。夕日に照らされたホテル沈む夕日、すべてが感動ものだった。(この瞬間って短いんだよな〜)
4日目(9月25日 日曜日)
フィジーでの宿泊は全て「シェラトン」で予約しておいたが、オーバーブッキングで前半2泊だけ「ザ・フィジアン」に変更させられた。その代わりに「ザ・フィジアン」での食事と、マナ島へのオプショナルツアーをつけてくれた。ということで本日はホテルの移動日。
出発まで、海岸を散策したり、卓球をしたり。移動してからはミニゴルフをしたり、プールで泳いだり。(なぜか夜まで泳いでいた) 予約時は名前から「シェラトン」のほうが良さそうに思えていたけど、アクティビティの充実とか、海の綺麗さを比較すると、リゾートって感じの「ザ・フィジアン」に対して、都会のホテル「シェラトン」って感じ。オーバーブッキングのおかげでえらい得をした。名前につられてか「シェラトン」には日本人観光客がいっぱいいた。
夜、神聖なる神々との交流「火渡り」の儀式に参加しようと思っていたが、見るだけで実際にはできないと知り断念する。
5日目(9月26日 月曜日)
マナ島へのオプショナルツアー
本島からフェリー程度のスピードの船で約1時間30分行った所にマナ島がある。島への発着時には歌と演奏で送迎してくれる。マナ島は、199?年頃の日本の映画(アニメ)「Coo」(クー)の舞台になっている。島にはCooの看板も立っている。
まず、おとといできなかったパラセーリングに。参加の申し込みと思って書類にサインしたが、一緒に参加した日本人に「さっきの何て書いてました?」と聞くと、事故があっても責任は持てない旨の内容だったと聞いてちょっとびびる。てっきりマナ島から飛び立つのかと思っていたが、モーターボートで周囲50m程度の小さな島に移る。そこは、木も草もない砂だけの島で、海や空ととてもマッチしていてきれいだった。パラセーリングは、順番が来るとあっという間にベルト類を装着されて、GOと言われるがままに歩いていると自然に浮き上がってしまった。途中わざと海面すれすれまで高度を下げてくれたりもしてくれる。空からでも海中のサンゴ礁が見えるほど、水が透き通っていた。どうしてもやってみたかった パラセーリングだが、いざやってみると特に難しくも無いので「なんだこんなものか」って感じ。
マナ島に戻っての昼食はバイキング。結構いろんな料理があった。フィジーの料理は全般的にダイナミックで肉料理が多い。(あの体型を見れば納得がいく)
午後からはシュノーケリング。細長い得体の知れないものを発見したが、何かわからず不安になる。でっかいうんこ、とも思ったが、海蛇のような気もして怖くなる。
夜中になって、女房腹痛を訴える。どうやら下痢らしい。ホテルに連絡して、医者に来てもらう。「入いらんでも良かろう」と思いながら、成田で入った海外用の医療保険が、ここで役に立った。シュノーケリングで腹を冷やしすぎたのかもしれない。でっぷりとした愛想の無い医者が来たがチョロチョロっと診て、薬を置いて帰った。薬を良く見るとポカリスエットみたいなもんだった。
6日目(9月27日 火曜日)
無人島へのオプショナルツアー(スタッフのリーダーがフィジアンなのに和田勉そっくり)
2つのツアーがひとつの船に乗っていたらしく、最初に降りるのが無人島行きらしいが、何を言っているのか理解できず、危うく乗り過ごすところだった。
無人島について、まずシュノーケリング。フィジーでの案内役だったニマーニさんが、「このオプショナルツアーはお勧めですよ」と言っていた訳がここで判った。見渡す限りの綺麗なサンゴ礁に、無数の魚たち。知名度が低いため自然が全然壊されていない。超感動! でも、どんどん沖に行ってサンゴ礁の端まで来たときは、急に深くなっていて怖かった。(ビルの屋上から下をのぞき込む感覚)一緒にシュノーケリングした名古屋ギャルに、昨日の得体の知れないものの話をしたらそれは「なまこ」だと教えてくれた。良く見るとこの島にも似たものがあり、マナ島のは黒うんこで、無人島のは白うんこ風だった。
昼食は、無人島のため同行したスタッフが作ってくれるバーベキュー。(やっぱり肉料理)
そのあとフィジーの訪問者を歓迎し、喜びを分かちあう「カバの儀式」をみんなで行う。麻薬みたいな飲み物をみんなでまわし飲みする。男性は一気飲みしなくてはならない。飲み干したらカバーカバーカバーとかマザーマザーマザーとか言って拍手する。終わったときには酔いと足の痺れでふらふらしていた。
7日目(9月28日 水曜日)[私の誕生日]
フィジーでの最終日のため、まずお土産の買い物に街に行く。土産物屋は、親切でサービスも良く買い物中にビールを出してくれたり、割引してくれたりする。中でもTシャツは比較的安かった。みんなが喜ぶだろうなと思って買ったフィジービールが、後になって重たくて困った。(しかも不評)
余った時間でミニゴルフをし、出発の準備をする。お世話になったニマーニさんとも別れを告げ夜8時頃、楽しかったフィジーを発つ。帰りの飛行機は殆ど席が埋まっていた。

8日目(9月29日 木曜日)
早朝綺麗な朝日で目を覚ましたが、日本に到着したら雨だった。朝9時頃。
*** 女房の感想 ***
ハワイの様に、夜の街は充実してなかったけれど、ホテルで色々なアトラクションや遊ぶ所が有り、夜退屈するとゆうことはなかったです。それから、海外で初めて体調をくずし、ドクターのお世話になりました。この時は海外旅行保険を付けといて良かったなーって、思いました。それと、夜の食事をミールクーポンにしておいたんですが、バイキング形式が多くて、つい食べ過ぎてしまい、帰って体重を計ったら2kgも増えてた。これが私にとってこの旅行の大きな誤算です。
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